10月15日 思いで多き北海道を離れ下北半島へ。
さあ再び本州上陸。恐山へGO!!
10月22日 奥入瀬の目のさめるような紅葉を見ながら十和田湖へ。
朝晩の冷え込みも厳しくなり冬の到来間近かを感じさせる。
旅もそろそろ中断して越冬せねば・・・・・・・・・
長い冬が迫っているのだ。
11月15日 弘前で安い下宿を見つけた俺は仕事を探すことにした。
〔※3畳一間で月3000円。北帰行は屋根付きで月4000円〕
知り合いも何もないこの地でようやく得た仕事はクラブのボーイであった。
日給1000円。〔ちなみに肉うどん120円・親子丼150円の時代〕
夕方より出かけ深夜の凍てついた道をとぼとぼと下宿に帰る道のりは重く、
孤独そのもので精神的にもかなり参っていた。
気が狂いそうな気持ちを癒してくれたのは油絵を描き始めたころからだった。
初めて手にしたキャンパス・油絵具。
何もかも忘れて描くうちに気分も安らいでいった。
2月に入り、小岩井農場の雪祭り・横手のかまくらと出かける。
小岩井ではかまくらの中で一晩寝たがいやあ寒かったこと!!死ぬかと思った。
そして長い長い冬もようやく終わり、
1972年4月16日北帰行はエンジンの音高らかに出港!!
11月より住み慣れた弘前の町をゆっくりと離れてゆく。
五重の塔・百石町・親方町、そして弘前城と懐かしい町並みが遠ざかってゆく。
岩木山のふもとで過ごすうちに身体に力がよみがえってゆく。
あちこちでリンゴをごっそりともらい感激。幌の中もいい香りで一杯だ。
さあ次はまた十和田湖へ行こう。
これからは写真と絵の旅が始まるのだ。